大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)891号 決定

債権者

奥島彰

岸本隆雄

中村二郎

水船豊

西村雅芳

右五名代理人弁護士

水嶋晃

町田正男

寺崎昭義

右復代理人弁護士

武田博孝

債務者

西日本旅客鉄道労働組合

右代表者中央執行委員長

大松益生

右代理人弁護士

相馬達雄

右復代理人弁護士

小田光紀

主文

一  債権者らが債務者に対し共同して金三〇〇万円の担保を立てることを条件として、債務者代表者は、平成三年三月三〇日開催された債務者の「中央委員代議員会」の「JR総連との断絶に関する特別決議」に基づく、別紙「JR総連との関係を断絶するための当面の方針」記載の方針を執行してはならない。

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用は、これを二分し、その一を債権者らの、その余を債務者の各負担とする。

理由

第一申立て

一債務者代表者は、平成三年三月三〇日開催された債務者の「中央委員代議員会」の「JR総連との断絶に関する特別決議」に基づく、別紙「JR総連との関係を断絶するための当面の方針」記載の方針を執行してはならない。

二債務者代表者は、第一項記載の「中央委員代議員会」決議に基づく債務者の「暫定予算」を執行してはならない。

三申立費用は債務者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一本件疎明資料及び審尋の経過によれば以下の事実が疎明される。

1  債務者は略称JR西労組といい、申立外西日本旅客鉄道株式会社(略称JR西日本会社)及び関連企業に雇用されている者ら約三万三七〇〇名で組織され、組合員の労働条件の維持・改善、西日本旅客鉄道事業ならびに関連事業の健全な発展などを目的とする単一労働組合である。

債権者らはいずれも債務者所属の組合員であり、債権者奥島彰、同岸本隆雄は債務者の中央本部役員(中央執行委員)、債権者中村二郎、同水船豊、同西村雅芳は中央委員である。

2  債務者は、旧国鉄の分割・民営化、JR各社の発足直前である昭和六二年三月一四日に結成され、結成と同時に全日本鉄道労働組合総連合会(略称JR総連)に加盟し、これと密接な関係をもって活動してきたところ、平成二年秋ころから債務者の組合員、組合役員のなかから、JR総連の各単位労組に対する統制が厳しすぎるとして、JR総連への加盟費の不払やJR総連からの脱退を求める意見が出されるようになったが、この問題に関する債務者の中央執行委員会における意見は分かれていた。

3  このような時期の平成三年二月一九日開催された債務者の第九回定期中央委員会で、債務者代表者大松中央執行委員長(以下「大松委員長」という。)は議事冒頭のあいさつで、債務者と「JR総連との関係を断絶すること」を検討したい旨を述べ、具体的には別紙「JR総連との関係を断絶するための当面の方針」①ないし③記載の方針(以下「当面の方針」という。)につき中央委員会において真摯な討議を経て決定して欲しい旨要請した(〈書証番号略〉)。

これに対し、債権者奥島彰、同岸本隆雄ら五名の中央執行委員は、中央執行委員会における意思統一もまったくされていないのに、大松委員長が個人の判断で突然右の発言を行ったことに抗議するとして退席し、また債権者中村二郎、同西村雅芳ら一〇名の中央委員が「大松委員長発言の撤回」を求める緊急動議を提出(〈書証番号略〉)するなどしたため議場は混乱し、それ以降の審議は不可能となった。

4  そこで議長は、とりあえず中央委員会を休会する旨宣言し、改めて平成三年三月三〇日午前九時大阪リバーサイドホテル六階ホールにおいて中央委員会を再開することとした。右再開中央委員会には五六名の中央委員全員が出席したが、中央委員会を構成する中央本部役員一六名中羽淵中央書記長が前回同様病気入院中であり、債権者奥島彰・同岸本隆雄ら前回退席した五名の中央執行委員は再開招集手続が違法であること、JR総連問題に対する議長の議事運営が不公正であることなどを主張して出席を拒否したため、中央本部役員の定足数(一六名の三分の二以上すなわち一一名)に一名不足し、再開中央委員会は成立しなかった。

5  その直後の同日午前一〇時二〇分過ぎ、同ホテル七階会議室において、当日出席していた中央本部役員一〇名と中央委員のうち三九名で、規約上は存在しない「中央委員による緊急代議員会」(以下「中央委員代議員会」という。)が仮に設置・開催され、春闘における賃上げ要求決議・組合会計の暫定予算編制決議等の緊急案件とともに、「当面の方針」を具体的内容とする「JR総連との断絶に関する特別決議」をなし、さらに前記一〇名の中央本部役員をもって「暫定中央執行委員会」を組織し、同委員会に緊急案件の措置をさせることを決議した。

6  大松委員長は、右決議に基づき、JR総連に対しJR西労組とJR総連との関係を断絶する旨の通知をなし(〈書証番号略〉)、債務者内部の各地方本部に対しても右各決議の執行を要請する(〈書証番号略〉)など、決議の執行に着手している。

二「JR総連との断絶に関する特別決議」について

債務者は前記「JR総連との断絶に関する特別決議」は、平成三年四、五月の二か月間につき問題を留保のうえ、出来る限り早期に正式機関により審議を待つという方法で、単に中央本部大会(以下「大会」という。)開催までの間緊急処理案件であるJR総連との関係を一時的に「凍結」することのみを決議したものであって、債務者がJR総連から「脱退」するのとは異なると主張する。

しかし、右決議に基づく「当面の方針」によれば、まず債務者の組合員は当面一切のJR総連主催の諸機関・諸活動に参加できないこととなるから、仮に組合員がこれに参加すれば債務者の統制処分の対象とされるおそれがあり、またJR総連役員等を当面の債務者主催の諸機関・諸活動に招請せず、その参加を拒否し、かつJR総連会費も当面JR総連に納入しないで別途保管する、というのであるから、これは債務者とJR総連との関係の問題を単に「凍結」ないし「留保」するにとどまらず、債務者のJR総連からの脱退ないしそれと実質的に同じことを予め実現しようとするものにほかならない。

ところで、債務者の規約一九条7項(6)(〈書証番号略〉)によって、「上部団体からの脱退」ないしその実質をもつようなことは、中央委員会の決議事項ではなく、大会の決議事項とされていることが認められる。債務者は、債権者奥島彰、同岸本隆雄ほか三名の中央執行委員がその中央執行委員として当然出席義務を負う中央委員会に自ら欠席することによって不当に中央委員会の成立を阻んでおきながら本件申立てをなすのは権利濫用であると主張するところ、たしかに右五名は特別の事情のない限り中央委員会に出席する義務を負うとは考えられるが、仮に右五名が出席して適法に中央委員会が開かれたとしても、その中央委員会においてすら前記「JR総連との断絶に関する特別決議」をすることはできないのであるから、債権者らがその違法をとがめて本件のような申立てをすることは、権利濫用とはいえない。

そして、中央委員会の成立要件さえ欠く規約にない中央委員代議員会による前記「JR総連との断絶に関する特別決議」は、何よりも大会のみが決議することができる事項について決議したという点において無効であり、右決議に基づく「当面の方針」を執行することは、大会の決議がないのに、大会の決議に基づいてのみ執行しうることをいわば先取りすることにほかならないから、規約上許されないことはいうまでもない。

そして、疎明を総合すると、仮にこのまま「当面の方針」が執行され続ければ、債務者の内部においてJR総連との関係に関して検討ないし討議が続けられているだけで(その検討ないし討議を続けること自体は規約に抵触するものではないが)、大会において適法に決議がされないままの状態のもとで大会決議を先取りする形で債務者のJR総連からの脱退ないしこれと実質的に同じようなことが実現されてしまうことにもなりかねず、本案判決の確定を待っていては債務者内部はもちろん、JR総連や他の各加盟単組との関係でも収拾することが著しく困難な混乱を招くことが認められる。したがって、「当面の方針」の執行を禁止する保全の必要性もあるといえる。

三「暫定予算」に関する決議について

債務者の規約二〇条7項(3)(〈書証番号略〉)によれば、「暫定予算」は中央委員会の決議事項であるから、規約上存在しない中央委員代議員会の決議によって正式の暫定予算を成立させることはできないことが認められるから、右決議によって暫定予算は成立せず、依然として暫定予算案の状態にとどまると解される。

しかし、前記認定事実とさらに疎明によれば、右暫定予算案は中央執行委員会の決議も経て平成三年二月一九日の中央委員会に提出される予定であったものであるところ、その後JR総連問題で中央委員会の決議が得られないため、債務者においては平成三年四月一日から組合の予算が存在しないという異常な事態となっているものであり、このままでは債務者の日常の組合運営上不可欠の経常的経費の支出すらできないこととなりかねないことが認められるから、債務者が通常の組合運営上必須かつ緊急に処理すべき事項に限って右暫定予算案に基づいた執行をすることは、いわば緊急避難的な措置としてやむをえないことといえる。債権者らも、内容はともかく暫定予算による組合運営の必要があること自体にまで異を唱えるものではない。その他疎明を総合しても、債務者の別紙「暫定予算のうち、緊急に執行を要する項目」の部分に限定しての右暫定予算案の執行が、債権者らに事後的救済措置を待てないほどの損害を与えるとは到底認められないから、右の限度の暫定予算の執行を緊急に禁止しなければならないほどの必要性を認めることはできないというべきである。

四結論

以上、本件仮処分命令の申立ては主文記載の限度で理由があるので、債権者らが債務者に対し共同して金三〇〇万円の担保を立てることを条件としてこれを認容し、その余は理由がないのでこれを却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官大段亨 裁判官水谷美穂子)

別紙「JR総連との関係を断絶するための当面の方針」

① JR総連主催の諸機関・諸活動に参加しない。

② JR西労組主催の諸機関・諸活動にJR総連役員等を招請しない・参加を拒否する。

③ JR総連会費の納入を凍結する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例